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驚 異 回 復 魔法の箱 ウィンドウがないぞ!
大旋風 過 ち 独 創 そして、明日へ
驚異

この二人の若者は、成功しそうにもない技術を必死でなんとかしようとしていましたが、 自分たちのあみだした解決法をあまり評価していなかったのです。技術史上で最も影響力のある概念を彼らがうみだしたことは皮肉です。 やけっぱちと見えるかもしれません。ライリーは言います。「私たちが開発に着手したのは、リアルタイムのピュアシンセシス技術でした。 サウンドのあらゆるパラメータをコントロール可能なものです。デジタルを使ってアコースティック楽器に非常に近い音を創り出したかった。 そしてアコースティック楽器を演奏するときと同じだけのコントロールができるようにしたかったのです。 サンプリングを使うとデジタルでは無理な複雑な音ができました。でも、求めていたコントロール性は無理でした。 コントロールできたのは、アタック、サステイン、ビブラート、サンプルのディケイなどだけだったのです。 このことは自分たちが決めた目標を果 たすには非常に厳しい限界だったのです。録音した現実の音を使うことは、妥協すること。 インチキだと考えていましたので、そのことは特に自慢にはならなかったのです。」

ヴォーゲルとライリーは、自分たちがその後すぐに巻き起こすことになる旋風に気づいていないことは明らかでした。 そして、彼らの最初の目的は、現在音響モデリングと呼ばれるものに似たものでした。 だから、奇妙なことにもし当初のアイデアが成功しなくても、時代の先駆けになっていたのでした。 彼らはすこし気落ちしていたものの、とにかく新しい方向を模索することを楽しみながらデジタル装置の開発を続けました。 資金は、Ermingtonのオフィス用コンピュータを設計、製造することにより獲得しました。 (「一大事業でした。120台を売ったのです。」)その後すぐ、1979年にヴォーゲルはCMIを一台抱えて、 売り込みと代理店探しのため海外出張にでました。興味をもつ人がいるかどうかか確信はありませんでしたが、 こうして彼の見果 てぬ夢をこえた「インチキ」は、名前を知られることになったのです。世間の人はまだCMIのようなものをみたことがなかったので、 驚きに息を飲みました。資金のある人たちが続々と買ってくれたのでした。

世の中はCMIを信用してくれました。ヴォーゲルとライリーが世に出したCMIの構成は、 ミュージックキーボード、インタラクティブなライトペン付きのビデオディスプレイユニット、 QWERTYキーボード、1 x 1.5 x 3フィートの大型のボックス、CPUでした。それは、1979年以前には絶対に不可能だったことを実現したのです。 最も興味をひいたのがサンプリング技術だったのは当然ですが、ライトペン、グラフィック、サウンドの三次元表示も人々の想像力をとらえました。 しかし、黒いスクリーンに緑の表示、208 kbしかないRAM、最大24 kHzで可変のサンプルレート(周波数レスポンスは最大10 kHz!)、 8ビットのデュアルプロセッサ(モトローラ6800)、8ボイスのポリフォニーという仕様は、現在の基準では信じられないほど原始的です。 サンプルのスパンが短いことがCMIの大きな問題点の一つでした。使用サンプルレートもよりますが、スパンは平均で0.5秒から1秒でした。 メモリーを節約してサンプルを長くとるために、サンプルレートを8 kHzにまで下げ、バンド幅を3500 Hzにとり、 サンプルの長さを数秒にしたものでした。
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